振り返れば全てが美しい。人生のマジックアワーを描いた青春物語【旅のお供の一冊】

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旅路の途中や旅先で読書にふけるのも旅を充実させてくれるかけがえのない時間ですよね♪お気に入りの小説やビジネス書や写真集など好みはひとそれぞれ。あなたの読書の時間をきっとより良い時間に演出してくれるそんな一冊を紹介します。

◆Book Presenter

明け方の若者たち《カツセ マサヒコ》

私と飲んだ方が、楽しいかもよ?笑 –その16文字から始まった、沼のような5年間。..詩を紡ぐような美しい表現で流れていく小説。独特の淡い空気感は作者の感性によるものだろう。私はこの人の世界観が好きだ。一人の静かな夜にはそっと寄り添い、喧騒の中にあっても周りの音を遠ざけるように静寂の世界にいざなってくれる。表紙の世界観そのままに、夜、彼女、月、雨、しみたれた街–感傷に浸るには十分なアイテムを纏って、2人の時間は流れていく。明大前から始まる、2人の世界。会話から「僕」は明治大学卒だと分かる。
かつての恋人と明大前に住んでいた明大卒の私にとっては小説中に出てくるコンビニや公園、そこにある遊具までいちいち鮮明に分かってしまって、少し苦しくなる。明大前と聞くと、初々しい大学の思い出よりはるかにずっと、恋人と過ごした何気ない毎日を思い出してしまう。
この駅に降りたことがある人ならば分かるだろう。派手な店もなく、初々しい大学のエネルギーにはまるで興味がないかのように昔のまま時を止めている街。青山でのお洒落なランチを夢見た明大生が集うガスト。
「しみったれた」という表現は最もしっくりくる気がする。..「僕」と「彼女」の名前は最後まで登場しない。
だからこそ「僕」と「彼女」は誰かにとっての「自分」と「あの人」になり得るし、「何者にもなれなかった」僕の人生の1ページであるからこそ、誰かにとっての1ページとも重なり合う。
お酒を飲んだ後にやっぱり水が一番と言ってみたり、海外旅行からの帰国日にやっぱり白米が一番と言ってみるあの感覚。何もないからこそ明確な終わりがなくて、何もないからこそ最後の最後まで残り続けてはふと恋しくなる思い出。
彩度が落ちたとしても決して何もなかったことにはできない日々が、この先も私の、そしてきっと「僕」の地盤となって続いていく。..
夜に、抱きしめて眠りたくなる小説。